りょーの フリーランスの活動

フォトグラファー、イベント企画、個人事業などの活動経歴を載せていきたいと思います。また趣味の旅行やグルメの写真も投稿させて頂きます。

時間をうまく使う方法

さて、今回お話ししていきたいのは時間のうまくいける使い方です。

 

 

 

皆さん、時間ってうまく使えていますか?

 

 

 

うまく使えてたら良いのですが、もしかしたらうまく使えてない人がいるかもしれません。

 

 

 

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そんな人に見て頂き、少しでもお役に立てればなと思います。

 

 

 

 

まず、よくある人の典型的パターンで、やるべきことを決めたはいいものの、結局あまりモチベーションが上がらず、そのままグタグタで終わってしまう人が多いと思います。

 

 

 

 

 

それでしたら、まったく意味がありません。ただ時間を過ごしているだけです。

 

 

 

 

 

では、どのようにすれば良いのか。

 

 

 

 

 

 

それは、答えとして、やることに一つ一つ、ストップウォッチなので制限時間を設けて、プレッシャーに追い込めばよいのです。

 

 

 

 

例えば、、、、、

ブログ ~15:00

プレゼン整理 ~15:40

宅建の勉強~17:00

 

 

 

 

までというように自分で制限時間を設けて行うことだと思います。

 

 

 

 

 

そして、万が一制限時間内に終わらないというケースがあります。

 

 

 

 

そういう場合はきっちり作業をやめましょう。どんなにキリが悪くても。

 

 

 

 

 

あとに、余分に二時間くらい残しておくとよいでしょう

その際に、終わらなかった作業をやればよいと思います。

 

 

 

とりあえず、時間やプレッシャーに強くなりましょう。

 

 

 

 

スケジュールややることを決める際には絶対にGoogleカレンダーを使用することをお勧めします。

 

 

 

 

そして、そのGoogleカレンダーにはびっちり予定を詰め込んでください。

 

 

 

 

例えば、12:00~13:00まではランチ&休憩タイム、13:00~13:00までは電車で移動(電車で移動も貴重な時間です。そこで、例えば本を一節読むとか、何かを決めましょう。)

13:00-14:00英語の勉強(何の教科書で、何ページまでやるか具体的に決めましょう。)、14:30-16:00まで友達とお茶など、、、、etc

 

 

 

これを自分のなりたい目標に合わせて先の二週間埋めてみてください。

 

 

 

 

確実になりたいもののなれます。

 

 

 

 

時間がうまく使えないという方、

 

 

 

とりあえずは最初はGoogleカレンダーを使い、二週間先まで埋めてみる。そして、しっかりやること一つ一つ、どんなに単純なことでもタイムウオッチを使い、時間やプレッシャーに強くなる。

そして、作業の目標が制限時間内に終わらなくても、次の作業に進む。

 

 

 

 

それこそが、時間をうまく使いこなせる最高のステップだと私は思います。

 

仕事できる人とできない人の区別

お久しぶりのブログの投稿です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せっかく、ブログを立ち上げたのに投稿を怠ってしまったことを深くお詫び申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日は最近、私自身が感じたことを書いていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近いろいろな仕事をしていく中で、私が最近思ったことなんですが、

「仕事ができる人」と「仕事ができない人」の違いってなんだろうなーってふと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ、自分も仕事ができるかできないかで言ったらできない方で、新卒で入った前職でもしばしば先輩に怒られてることもあったので、実は素直に自分でも前々から気になってました笑

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事ができる人になるために、

最初のステップとして「思考能力」を養うことが大事であるなと思いました。

 

 

 

 

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例えば、今これからやらなければいけない作業があります。

会社だと、ただ上司から言われたことをそのままの通りやったことをやるだけだと、成長はしません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、仕事ができない人の最大の特徴って、ただ目の前のことを虎視眈々にやって、とにかく早く終わらせようということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、言われたことを正確にこなしていくというのも大事ではありますが。

 

 

 

 

 

 

 

正確に仕事をこなすことだけを考えるのではなく、これがどんな仕事なのかを本質的に考えてみましょう。

 

 

 

 

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例えば、とあるアンケートとかをグラフや表にまとめる作業。

言ってしまえば事務作業。誰でもできる簡単な作業です。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、これを言われた通りただただやるというのではなく、この作業は一体、この会社の業務全体のどの一部に組まれているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

この作業を終わるには、どのようにしたら効率良く終わらせられるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを意識するだけで、あなたの仕事力は徐々にではありますが、おのずと上がっていくと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、今度上司や自営業の際に、それに関連した似たような仕事があったとしても、前やった仕事の本質を理解してれば、次回はあまり考えずにそのままスムーズに仕事をすることができます。

 

 

 

 

 

 

そして、最初は失敗するかもしれない。いや、ほぼ初めての仕事の際、9割の人は失敗するでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無理もない。私たちはロボットでもなく、人間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでだが、会社員の人は当然上司から怒られるでしょう。

 

 

 

 

 

 

しかし、そこでもしかしたら怒られることで、自分はもうダメだ、あぁ。

 

 

 

 

 

 

 

と、へこんでしまう人がいるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

そのまま、へこんでしまっては一生、あなたの成長は止まってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

私は、「ピンチこそ人間の真価が問われるところだ。」

 

 

 

 

 

そう感じています。

 

 

 

 

 

 

怒られた際、自分が一方的に悪いんだ、そう自分自身を責めてしまいがちな人もいるはずです。

 

 

 

 

 

 

しかし、特に会社の上司の際は余程のことがない限り感情で怒ってるのではなく、ちゃんと理論的にあなたのためを思って注意してるのであると思うので、安心してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんで、怒られたのか、それをまずは客観的な分析をしましょう。

 

 

 

 

 

 

そして、ミスの原因がわかったら、それをメモ帳やノート等に書いて、二度と起きないようにしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、仕事もスポーツとかと同じで、少し改善したからと言って、すぐに上達できるとは限りません。

 

 

 

 

 

 

 

ですが、それを重ねていき、それを「失敗ノート」などに称していき、何度も見重ねていけばおのずと頭の中に入っていき、失敗することが未然に防がれると思います。

 

 

 

 

 

 

 

また、最も一番やってはいけないことが、失敗に対して言い訳をしてしまうことです。

 

 

 

 

 

もしかしたら、相手の人が悪くてあなたが悪くないケースだってあるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

または理不尽なことで相手に言い返したいと思うかもしれない。

 

 

 

 

 

 

確かに、気持ちはわかります。

 

 

 

 

 

 

けど、ここで言い訳をしてしまったら、あなたの成長はそこで止まってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

まず、最初に大事なのは相手の話すこと、言いたいこと、それらを全部受け入れましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の話は最後まで聞かないとわかりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで、もし相手の話してることに違和感を覚えたら、真正面から反論するのではなく

 

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、そうですね。おっしゃる通りだと思います。しかし~」

 

 

 

 

 

 

 

と言う形で、話を展開していきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり否定から入ると相手は悪い気持ちになりますし、この人は失敗をしたのに「反省の気持ちがない」と思ってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけでなく、相手が悪いと思ってしまうと自分の反省点は全く見えなくなり、改善策が見えなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

トラブルが起きた際に、ほぼ99%のトラブルは絶対に、どんなに相手に部が悪いトラブルでもあなたにだって、1.2割は悪いところがあるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、その失敗が判明した際にはそのトラブルは今すぐにでも克服し、2度と同じミスを防がなければいけません。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのためにも、まずは相手の言ってることを素直に受け入れる事が大事です。

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の記事を話したことをまとめると

 

 

 

 

 

 

, ただやみくもに与えられた仕事をこなすのではなく、会社の仕事の全体像を把握し、それがどのような役割を果たしているかを考えること。

 

, 仕事で失敗した際に、まずは自分のミスを客観的に分析し、なぜ起こったかの原因を自分で考え、二度と起きないようにするにはどうしたらいいかを考える。

 

, どんなに鼻に付くことがあっても、まず相手の話してることを一度受け入れる。

 

 

 

 

だと、思います~!

 

 

 

 

 

最初はこの3つを意識すれば、仕事力の入門は突破できるのかなと思います。

 

 

 

 

 

 

このブログを読んで、この3つを意識して頂けると幸いです~!

夢とか目標の見つけ方

皆さま、こんにちは

 

 

 

 

今回のブログは何をして良いかわからない方、目標がない方、目標の見つけ方について更新していきたいと思います。

 

 

 

 

 

よく、最近やりたいことがない、夢がないという方が増えております。

 

 

 

 

 

 

これって、すごくもったいないなぁと純粋に思います。

 

 

 

 

 

 

せっかく一度きりの人生なんだから、なにか目標を決めていくことで人生がもっと充実したものになるのかなーと私は思います。

 

 

 

 

 

 

そこで、どのようにしたら目標というものが決まるのか。

私自身も様々な人に会ってきたので、その経験を踏まえたうえでお話しできたらと思います。

 

 

 

 

① まずは自分の特技から、それを武器に人の役にたつようなことをして、小さな実績を作る。

② ここは思い切って、周りの人に自分って何が向いていると思う??って聞いてみる。

③ 何が自分はしたいのかを思い切って書いてみる。そこから、夢を連想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

①について

これは割とそのままです。

 

 

 

 

 

 

 

 

まずは自分の得意なことから広げていくのはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで小さな実績を作り自信をつけるのが大事であるなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

②について

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これ意外な盲点なんです。

 

 

 

 

 

 

 

自分で自分のことって、あまり気づかなかったりわからないんですけど、友達とかあなたのことよく見てる人って、意外と本質を見抜いてたり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、迷っていたらあなたのことよく知ってる人に聞いてみるのもありかもしれないですね。

 

 

 

 

 

 

 

あなたの目標をみつけられるヒントは横にいるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③について

私も以前は、いろいろ活動していて、何をしたいのか自分は一体何なのか。迷っていた時期がありました。

 

 

 

 

 

 

しかし、友達に教わったこの方法で、目標が明確になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんでも良いです。何個でも構いません。

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば、女にもてたいとか、海外に一周したいとか、お金持ちになりたいとかなんでも良いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのかわり、どんなことでも良いのですが必ずそれを達成するためのプロセスを書きましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に目標がたくさんある人は、それぞれ近い目標をひとくくりにするのがベストかもです!

 

 

 

 

 

 

 

例えば、「女にもてたい」と「名声を得たい」だと、どちらのプロセスに「自分磨きをしなければならない」というものがあると思います。

そうしたら、「女にもてたい」と「名声を得たい」はAグループの目標とAグループ、Bグループみたいに何か関連づけれたら良いのかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その目標を並べてみて下さい。

何をすべきかは、少しは分かったかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、これでもあまりぼんやりした場合は、よくあなたのことを知っている親友の方とかに書いたやつを聞いてみてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

これでも全く夢や目標が見つからない人は、私に相談してください。

一緒に夢を探しましょう!!笑

 

 

 

 

 

https://twitter.com/kuraryo0621

 

こちらのTwitterのアカウントにDMを送ってください!笑

 

 

 

 

 

 

夢なんで人それぞれです。なんでも良いと思います。その夢に意味があって、人生を充実することができたら。

 

 

 

 

 

 

 

そして、みなさんその夢にひたすら恐れない心を持ち、無我夢中に走りぬけてください。なんだかんだ、それなりの結果はついてくると私は思います。

 

 

 

 

 

 

失敗をしても恐れない気持ちこそが目標を達成していくうえで、重要なものであるのかなーと私は思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを成功につなげてその失敗を二度としなければいいわけだし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

皆さんが、この記事を読んで少しでも夢を持って、それに向けてやる気が出していただけたら幸いです。

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悩むくらいなら思いっきり行動して失敗しよう

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【小さな奇跡】

 

ちょっとした先日の出来事

 

 

 

 

 

今、私がやっていることって本当に特殊で人に話すと「すごいねー」という方や逆に「それ大丈夫なの?ちゃんと生活できてるの?」

 

 

 

 

 

 

 

と賛否両論です。

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、これが正しいか否かはさておき、そんな私ではありますが、この活動において学んだこととかをこちらにアウトプットできればなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己満やただのアウトプットな場にはなっていますがお付き合いして頂けたら幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間いつもよく行く、新宿の喫茶店で作業してパソコンをカタカタ動かしてた。

 

 

 

 

 

 

 

 

カウンターに1人で座っていて作業していたわけだが、横に40後半のスーツを着た男性が座っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、横の人がどうやら奥さんに電話をしていたみたいで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかった、わかった。お肉と野菜と椎茸、◯◯スーパーで買ってくるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「手紙も◯◯郵便局に出しておくよ。」

 

 

 

 

 

 

 

自分は耳を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、◯◯スーパーと◯◯郵便局ってがっつり地元じゃん。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに、「そういや◯◯高校の同窓会のお知らせ着てた?」

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら、聞いた話だと、その方が通ってた高校が私の家から車で10分で行ける近さの高校だった。

 

 

 

 

 

 

「近い、がっつり地元じゃん、横の人、地元もこのへんなのかな?」

 

 

 

 

 

 

「こんな新宿で地元の人と会えるなんてなんて奇跡。よ~し、不審がられるかもしれないけど話しかけてみよ!」

 

 

 

 

 

 

と、思い横の見知らぬ人に話しかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~、突然すいません。お電話で勝手に聞いてしまい、すいません。」

 

 

 

 

 

 

 

「◯◯高校の出身なんですか?同窓会って聞いたので。。。」

 

 

 

 

 

 

 

「はい、そうですけど?」

 

 

 

 

 

 

 

「私、同じ学区の桐蔭学園出身なんです。そして、家から◯◯高校まで自転車で10分くらいで行けるんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、桐蔭学園なんですね。え、◯◯高校から自転車で徒歩10分ってどこにお住まいなんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「先ほど、電話でおはなししていた◯◯スーパの通りの先にあるセブンイレブンの横の角を曲がって、そこを右に曲がった住宅街に住んでます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、私はその横の団地に住んでいます。こんな新宿で偶然ですね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

話を聞くと、私の実家とその人の家は、徒歩で10分で行けるくらいの近さだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今も、このあたりに住んでいるんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、今でも実家から通ったり、友達の家が新宿にあったり彼女の家が浦和にあるので、そことかと行き来しております。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな感じで会話が30分くらい続き、お互いの地元の話とか活動の話もしてきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

その方は某中小企業の役員の方だといい、お互い名刺交換をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、地元でしかも23歳でそんな人がいるんだ。うちの地元もまだ捨て難いもんだね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「いえ、僕なんてまだまだ全然です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくのご縁だし、ここは倉並さんに撮影とキャスティングのお仕事をお願いしようかな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今度、私の会社の社長を紹介したいから、名刺に書いてあるメールアドレスに連絡してほしい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当ですか!??ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、またしばらくはなした後その方は去ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出会いやきっかけはいつ起きるかわからない、突然のものなんだなぁ、と改めて実感することができました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱり、端から見ると、いきなり知らない人に突然声をかけるなんて、どうかしてる、と思うかもしれないが、結果どうかしてる行動をしたことで思わぬ結末に生まれることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

むしろ、何か大きなことしたい、革命を起こしたいというのであれば、そもそも普通のことをしたって成功できない。

 

 

 

 

型にはまったやり方だけが正しいわけではないということがわかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつ、何が起きるかわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の「出会い」

 

 

 

 

 

 

 

そして、「一歩踏み出す行動力」。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、わからなければ動いてみる」

 

 

 

 

 

 

 

「動かなければ、何も始まらない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

野球だって、どんなすごいボールでも、振らないとボールに当たらないし、逆に振れば当たらない可能性はゼロではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何かが起きるなんて、始まる前からわからない。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らない人に話しかけても、確かに結果何もおきらないことの方が多いが、もしかしたら何かが起こるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこれからも「出会い」と「一歩踏み出す行動力」、そして一歩踏み出すことによって得られる「未来は未知になっていく」ことを大事にしていこうと思いました。

 

 

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最終話 過去の私、今の私

2018

 

 

 

 

 

新宿のとあるカフェにてパソコンで作業していた。

 

 

 

 

 

そして、横に置いてあったスマートフォンがなってて、いつもお世話になっているクライアントさんからだ。

 

 

 

 

 

 

「もしもし、お世話になってます。倉並です。どうされましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

「倉並くん、この前の撮影のデータとモデルのキャスティングの代金と見積もり書まだー?期限昨日まだでだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーすいません!すぐに納品します!見積書も送ります!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「困るよー!ちゃんと期限内に送ってね!忙しいのはわかるけど、頼むよ!期待してるんだから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はいー!いつも色々助けてもらってるのに、すいません!」

 

 

 

 

 

 

 

 

電話を切った後私は急いで、見積書のデータを作った。

 

 

 

 

 

 

 

今、私は何をしているのか。

 

 

 

 

 

 

 

2013年に高校を卒業して、あれから5年経った。

 

 

 

 

 

 

 

そのまま大学に入学して、1年の頃はオールラウンドサークルのようなものを立ち上げ、文化祭実行委員に文化祭にコミットしたりサークルにたくさん入ってたり、2年と3年はいろいろなイベント・広告・芸能のベンチャー企業インターンシップにて企画とか営業の仕事を経て、個人事業を始め、それ以外にも、もともとやっていたカメラマンやイベントを企画していた。

 

 

 

 

 

 

そして、大学卒業後も会社に就いたも半年で辞めてしまい、今は起業を試みたしがないフリーランスとなっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

事業はモデルキャスティングや人材派遣、カメラマン、ビットコイン、みんなが参加したくなるようなイベントを企画している。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、現在は新宿にある友達の家と、同じみ横浜市青葉区の実家を行き来している。

 

 

 

 

 

 

 

 

今は法人化への準備をしている、フリーランスという名の自由人だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何時に起きても、何時に寝ても良い。無理して満員電車を乗らなくても良い。

 

 

 

 

 

 

 

ミスをしても誰からも怒られない。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の好きなようにスケジュールを組み立てられ、好きな時に遊びの予定を入れられ、好きな時に仕事できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな誰もが羨むような夢みたいな生活を私は送っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

普通、新卒の代と言ったら、みんな会社に就職して、毎朝スーツ着て満員電車に乗って、上司や先輩に怒られてひたむきに仕事たくさんして。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、私だけ違う。

 

 

 

 

 

 

 

本当にこれで良いのだろうか。1つの葛藤があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はカフェで自分の仕事をした後、高校の頃入っていたボランティア団体の新年会があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新年会には実は大学2年の頃から、あまり顔を出しておらず、先日先輩と同期から連絡が来て、そこで誘われて参加することにした。

 

 

 

 

 

 

 

確かに顔を出さなきゃだし、ここの活動の私の原点だ。

 

 

 

 

 

 

この活動を得なきゃ、今の私はない。

 

 

 

 

 

 

 

そのため、この団体は特別だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事が長引いたため、少し遅れて恐る恐る会場の呑み屋のドアを開けると、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉー!!!久しぶりだね!!りょーのくん、元気にしてたー!???」

 

 

 

 

 

 

「みんな。。。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、はい!元気です。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここに座りなよー!いつもSNS見て、可愛い子の写真とかご飯行ってるの見てるよ!あれめっちゃ羨ましい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははは」と私はクスクス笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな、相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 

大学2年生ぶりの人もいれば、数名高校生ぶりに会った人もいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

けど、みんなは会社帰りということで、スーツやオフィスカジュアルのせいかどこか高校生の制服の頃と雰囲気が違ってた。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなは大手企業をはじめ、ベンチャー企業に属している人、中にはまだ大学生で勉強を頑張っている人や大学院生もいらっしゃった。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分だけだった、こんな学校も卒業して自由に気ままに動いているのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、お前のこと気になってて、すごい話聞きたかったんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは、わざわざ自分なんかにありがとうございます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねねね!あの可愛い子とかはいつも1:1なの!?プライベートとかもつながりあるの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「撮影は基本的に1:1だよ。仲の良いモデルの子は、たまにご飯行ってたり、カラオケとか行ってるよー。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジかよ!めっちゃ羨ましい!今度俺に紹介しろよ!」

 

 

 

 

 

 

 

相変わらず、調子の良いゆい先輩は

 

 

 

 

 

 

 

「今度、ここの呑み会に可愛い子連れてきてよー!友達になりたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな相変わらずで、外見は変わっても中身は変わらず安心した。

 

 

 

 

 

 

 

「みんな元気そうで、何よりです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、びっくりですよね。入ったばっかはおとなしくて、すごい消極的だったのに今はこんな感じになってしまうなんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ボランティア団体に入って最初に話しかけてくれたシュン先輩は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうかな?俺はりょーのがいつかはこうなると思ったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、本当ですか、、、?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん。出会った時から。あれは7年前かー。もうだいぶ前だな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初はお前すごいおとなしくてよくわからなかったんだけど、なんだかんだ最後は大きなことするんじゃないかと思ったよ!こういう奴こそ、なんか大きなことするんだよなー!」

 

 

 

 

 

 

 

「先輩、、、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はやっと本当のりょーのに出会えた気がするよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聞いて、目から涙腺が出て感情が揺すぶられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、まさかホームレスになるとは思わなかったけどな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、僕も会社を辞めた後、まさかホームレスになるとは思ってませんでした。あの時は泊めさせていただいてありがとうございます。」

(※こちらを詳しく聞きたい方は僕に個別でメッセください)

 

 

 

 

 

 

 

みんなも「出た笑」という反応。

 

 

 

 

 

 

 

「この前、こいつうちの家にも1週間くらいいるんだよー笑、めんどいから合鍵渡しちゃった笑。」

 

 

 

 

 

 

みんな、「お前、やば。。。。笑」という反応だった。

 

 

 

 

 

 

 

「あー。。あの時は本当にすいません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの時は本当に色々やられていました。精神もやられていて、うつ寸前にもなっていましたし、またみんなにご迷惑をおかけしてしまいました。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か、みんな就職してるのに、僕だけこんな好きなことして良いのかなーて、最近自分の活動に疑問を持ち始めて。」

 

 

 

 

 

 

 

するとシュン先輩が

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたー?急に怖気ついて」

 

 

 

 

 

 

「そんなまだ若いんだから好きなこと一生懸命やれば良いんだよ。それに家がなくなってまで、そんなどん底な状況に追いつめられたにも関わらず、夢に向かって、走っていくお前は輝いててかっこいいぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

「俺はりょーのが大成功する姿がぼんやりとだけ見れるよ。そして、一度どん底を味わったやつの方が成功できる確率が高いみたいだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその言葉を聞いて、少し勇気が出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

正直に話すと、私はこの活動にどこか不安を抱いていたが、仲間に話すことで不安が除去された。

 

 

 

 

 

 

 

自分のやっていることは間違っていないんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は何年たっても強い絆で結ばれて、どんな時でも頼りになる仲間・先輩、「こういう関係いいなあ。」私はそう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、先輩がふざけて

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、りょーのが社長になって大成功したら何をおごってもらう!?」

 

 

 

 

 

 

 

「俺は叙々苑をおごってもらおうー!!」

 

 

 

 

 

「私は、ブランド品のバックを買ってもらう!」

 

 

 

 

 

「あたし、イタリアとかヨーロッパに行きたい!」

 

 

 

 

 

 

みんな、酔った勢いでふざけて自分の達成したいことを言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや!そんな成功できたわけじゃないし!笑」

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、みんなに何か奢れるように頑張ってみます!」

 

 

 

 

 

 

 

「頼むよー!社長!」

 

 

 

 

 

 

 

 

何年たってもこうやってふざけられて、バカして時には助けあって励ましあって、信頼しあえお互い応援しあえる。

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はこの仲間たちに助けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らがいなければ、こんな起業も試みないし、今の「倉並 諒之」とは全くべつの人間になっていただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうなると、少し怖いなーとも感じた。今も私はずっとどん底の人生だったのかなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は改めて「仲間」って良いなぁというのを再認識し、こんな私でも気をつかって頂いてるんだからもっと大切にしなくてはと思った。

 

 

 

 

 

 

 

この先、どうなるかは私はわからない。

 

 

 

 

 

 

 

もしかしたら、今後どこかで失敗して、普通に就職してサラリーマンになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

はたまた、そのまま会社を立ち上げて成功して、それを有名企業にしてオーナーになり、心理カウンセラーやカメラマン、そして世界の各地に旅して美味しいもの食べて、旅して豪遊に遊んで生涯を終えて、自分の夢通りの生活になるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は「希望と夢を与えられ、弱い人や困っている人を支えられる」人間になりたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな人だって努力すれば必ず夢や目標は絶対に叶う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、仮に失敗したってそれは本当に「失敗」とは言えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私のやった仕事で本当に成功したのは。全体のわずか1%に過ぎない、99%は失敗の連続であった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、これは本田技研工業、通称「ホンダ」の本田宗一郎さんの言葉だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、世界的な有名歌手のスーザンボイルだって、アスペルガー症候群を持ってハンデもあり、ずっと何十年も歌手活動がうまくいかなかったが、その何十年決して諦めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、諦めなかった結果、世界的な有名な歌手となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失敗なしに成功はできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、みんな失敗やどん底を恐れないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失敗やどん底を恐れて諦めてしまったら、そこで成長がとまり、それこそ本当の失敗につながってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私だって、最初はフリーランスやカメラはおろか、勉強もできなかったしスポーツもそこまで得意でもなかったし、人と話すのも苦手だった。人生が辛くて自殺すらも考えてきたくらいだった。そして、フリーランスを目指す中で失敗も多々あり、途中で逃げ出したくなることがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな私でも「諦めない」という気持ちと「絶対やってやる!」という勢いだけで、ここまでやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなただ気合いで行けると思った、何も才能がない私でもここまでできたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これを読んで頂いてる、皆さんは私よりももっとできる人たちだろうから、皆さんだって、起業でも大金持ちでも何でもなれるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗は成功への階段を1つ登ったということ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは私の信念だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなからも、「あいつは最初はどん底から始まってたけど、今はこんな大成功してるんだ。きっと自分たちだって努力すれば成功できるんだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのように思って頂けたら非常に幸いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな人になるため、私はまた弱者、誰かを支える助けるために活動できる人間になるため、日々まだどこかで奮闘しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私のフリーランス活動はまだまだ続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

The end…..

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第5章 ビジネスとの出会い

そして、被災地に帰ったあと、私はボイスレコーダーを元に記事を書きだし、写真と一緒に貼り付けフリーペーパーを作成していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パソコンで記事を書き出すうちに、被災地での悲惨な状況、苦しい状況でも生活してる人たち、そしてそんな中でも希望に満ちあふれ、将来の夢に向かっている人たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

被災地で出会った人たちの様子が、頭の中で蘇ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私もこのように困っている人、頑張っている人を後押ししたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、昔みたいに引きこもってただ学校帰っては勉強もせすにゲームやテレビばっかりな自分を、今の自分みたいに夢と目標を持って希望に向かって走っていけさせられるような仕事に就きたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな人だって、少し背中を押せば、誰だって開花することができるんだ。自分だってできたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「才能なんて関係ない、努力次第でどんな人だって必ず夢は叶えられるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はそう自信を持っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは、よく地元の図書館に行き、心理学の本を漁っていたり、また本を漁る以外にも心理を学べるなら大学はどこでも良かったのだが、受験では心理学科は倍率が高かったためそれに突破できるように勉強も怠らなかった。

 

 

 

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しかし、私はある記事を目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「心理学科は就職に弱い。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「果たして、その学問を学んだことで果たして社会にどう役立つのか、何の意味があるのか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これの記事を見たときに、私も驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え。。。意味がわからない。なんで、、、、?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも私は学科の専攻内容で就職の優劣の差別をつけるのはおかしいし、疑問に感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「心理カウンセラー」って、普通の仕事だと思うし、むしろ弱者を救える素晴らしい仕事だと思ってたのに。。。。

 

 

 

 

 

 

 

 

親以外でなく、塾の先生に聞いても、「確かにカウンセラーって食べていくには難しい職だな~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ、、、確かにカウンセラーにはなりたいけど、お金を得られないのはきついな。。自分もできる限りなら、カウンセラーになるだけでなく、お金をたくさん得て、老後はカウンセラー以外にも、僕はボランティア活動を経てカメラが好きになり、カメラマンとか、どこかの島や海外で過ごしたいなぁ」と思うようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで改めて、お金の大切さを実感した。

 

 

 

 

 

 

 

そして、とある日。

 

 

 

 

 

 

 

私は地元の友達のかずきの家に行った。

 

 

 

 

 

 

かずきの家はすごい大豪邸で、家が3F建てで地下もあるとても大きな家だった。

 

 

 

 

 

 

 

かずき自身も、神奈川県ではトップクラスに入る男子校に通っており、めちゃめちゃ優等生であった。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、かずきの父親はほぼ毎日家でいつもジャージ姿でテレビでのんびりとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

普通、高校生の父親の年代といえば、今頃会社とかで部長クラスまで上り詰め、仕事に追われ明け暮れている日だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、かずきの父親だけは違い、毎日好きなことに明け暮れている生活をして、それでもなお1人の子どもと奥さんの分もちゃんと養って生活をしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度かかずきの家に行ったことがある私だが、その生活に疑問を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この際に思い切って聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで、おじさんはこんなに働いてないのにもかかわらず、こんなに生活できるの?」

 

 

 

 

 

 

すると「ははは」と高笑いをし、

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕は20年前くらいに会社を立ち上げて、しばらくは立ち上げで社長をやっていたんだけど、自分がいなくても利益が出る仕組みを自分で作りあげ、最後は優秀な社員に社長を任せ、そこからオーナー業を始めたからは今はなにもしなくても収入があるんだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「へー、すごい。。。。。」

 

 

 

 

 

 

「不動産の会社を引退してからは、エステや飲食店、広告業も作って、今は4つの会社のオーナーをしているよ。」

 

 

 

 

 

 

「昔はがむしゃらに動いて大変だったけど、今振り返ればとても良い思い出だよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかけで、その努力が報われ、今は不労所得のおかげで好きなことや旅行とかに時間を費やすことができるんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

とお話を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はその話に衝撃を受けて

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で「これだ。。。。」と叫びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今となっては心理カウンセラーと起業なんて畑違いなのに、自分でもこんなこと言うのびっくりしましたが、なんか自分の心の中で「起業」がまたカウンセラーとは違う光るものがあったのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

自分の中で、「心理カウンセラー以外に、カウンセラーだけでは世の中の弱者や困っている人を救えない」おそらく、自分の中で感情が葛藤していて、それの正しい道が起業ということに気づき、こうなったのかなと思います。

 

 

 

 

 

 

 

そして、私はかずきの父親にこう話しました。

 

 

 

 

 

 

 

「おじさん、僕も起業をやってみたいです。。」

 

 

 

 

 

 

「え。。。。??」

 

 

 

 

 

 

 

「僕も将来、会社を起こしてオーナー業をやってみたいんです。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なので、ぜひ教えてください!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ、急にすごいな。。。。」

 

 

 

 

 

 

 

 

大変、驚いた様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

「うーん?けど、そんな起業や社長で誰でもできるわけじゃないし、努力だけで叶えられるものじゃないよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかっています。簡単に達成できるものではないというのは承知しております。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですが、僕はどうしても達成したい夢があるんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕は真剣な眼差しで、かずきの父親と目を合わせました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ起業したいかの理由は聞かないでおこう」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そしたら、僕が教えられる範囲内でよければ、教えてあげるよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、特別だよ。そのかわり今後の一切の妥協はダメだよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、私はビジネスを学ぶことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はかずきの父親に勧められたビジネスのセミナーや異業種交流会にも参加したりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

横浜から都内までの交通費とセミナーや交流会の参加費は、高校生にとって安い額ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、お金に関しては、アルバイトをして補っていた。時給が安いのでは時間が足りなかったので、すごい時は学校を休んで、時給の高い工事現場とか肉体労働で身体を酷使してまで、お金を稼いでいた。これの将来の夢、起業するため、心理カウンセラーになるため、弱者を救うため。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また1人の友達が商業高校に通っていて起業をしたい子がいたので、その商業高校のクラスメイトの人とかと一緒に巻き込んで、高校生の就職斡旋の人材派遣の会社も立ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

資本金も、その友達の商業高校の担任が元起業家であるため、そこから投資家を紹介してもらい、出資もしてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、私は高二ながらも知り合いが立ち上げた飲食店の開業の立ち上げに携わらせて頂いたりすることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

売り上げのエクセルのチェックや、各々の商品の売り上げの率など。

 

 

 

 

 

 

 

最初はボランティア活動で仕事をする場面が多々あったので、ある程度仕事には自信があったのですが、失敗ばかりで、よく社長や立ち上げメンバーから怒られいた。

 

 

 

 

 

 

最初は諦めていて、「起業なんてどうせできないのかな~」なんて思っていた時期もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その時に被災地の写真を見た時

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんなは今もつらい生活を送っているんだ。そう思うと僕の生活なんてぬるま湯だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

となり、気合いと根性だけではありますが踏ん張ることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アドバイスをもらい、少しずつではありますが仕事ができるようになってきた。

 

 

 

 

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最初はカウンセラーになる、そして自由な時間を得て好きなことをしたいという夢のために今を頑張らなければならない。と言う思いが強くやらされている感じが強かったのですが、ビジネスに関わることで、0から1になる方法、仲間と一緒に切磋琢磨して大きくしていく、そしてみんなで作り上げたビジネスモデルという芸術作品が社会に評価されて、ますます世の中がよくなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの過程が素晴らしいなと思っていて、気づいたら私は「ビジネス」というものに完全に魅了されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからは心理学やカメラの本を漁るだけでなく、ビジネスや営業上達方法のなどの本、コミュニケーション上達方法の本などを読むようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また、それ以外にも受験勉強やバイトやボランティア、塾やテニスクラブなどとにかく大忙いではあったが、それが自分にとって最高に気持ちよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

11秒も無駄にしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、いろいろやってて全てに手が回らなくなるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

自分の限界に挑戦したい。

 

 

 

 

 

 

以前の私とは比べものにならないくらい前向きになっていて、後ろを見る暇もなく、前ばかりを見ていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特に被災地を訪れたことが今の私のこの活動のプラスになっており、「自分が当たり前であることが改めて恵まれている」ということに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

「生きているって幸せなんだ。」

 

 

 

 

 

 

「好きなことができているって幸せなんだ」

 

 

 

 

 

 

 

この時間にありがたみを感じなければ。

 

 

 

 

 

 

 

そして、今までこんな僕でも背中を押してくれた、仲間や先輩、後輩、企業の方を始めとする大人の人。

 

 

 

 

 

 

 

 

1人でも欠けていたら、おそらく今の僕はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

いつかは、すべての人たちに感謝として何かをgiveしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

そういう思いで行動をしているようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の中で「想い」をひめて活動をすることによって、何に対して活動しているのか、果たしてそれが何に役に立っているのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうすることによって、自分の中でこれは大事、これは後ででも良いというのが取捨選択できるようにもなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高三になってからは、受験があったため一度ビジネスやカメラからはドロップアウトし勉強に集中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬には無事に大学に受かり、晴れて念願の大学生になることが決まり、学科も心理学を専攻できる学科に受かることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、少年は波乱な生活であった高校を卒業し、私は教育や福祉関係に強い大学に進学するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

To be continue

第4章 被災地でのボランティア

団体に所属してから、あれから半年が経ち、すっかり年も越し冬になりました。

 

 

 

 

 

 

半年前は生きる希望もない状態だったのに、今ではすっかり元気になっていました。

 

 

 

 

ボランティア団体だけでなく、もっと活動していきたい。そのためにはお金が必要だと考え、学校が私立だったため禁止されていたが内緒でバイトも始めたり、地元の友人に誘われ、中学時代テニスをやっていたことから、他校でテニス経験者やテニスを好きな人を集め、テニスサークルを作るなどをしていてアクティブに活動していた。

 

 

 

 

 

 

1人ではやる気もなかった勉強も、試験期間が被ってたメンバーと勉強することで、みんな頭の良い大学を進学したいという周りの流れでやる気が上がり、またお互い教えあったりすることで相乗効果が上がり学力を上げることができました。

 

 

 

 

 

 

仲間や友達ができて、ここまで私に良い影響をもたらすことができました。

 

 

 

 

 

 

自分の良い流れはどんどん右肩上がりでした。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、そのさらに数ヶ月後、私の好調が下がってしまう出来事が起きてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

それは日本の国民ならほぼ全員知っているだろう、2011年の311日に起きた「東日本大震災」だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は友達と友達の家に来ているホームステイの外国人とその外国人の友達の4人でみなとみらいで遊んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、2011年の3.1114:58、悲劇は起きた。

 

 

 

 

 

 

 

私はその時に、みなとみらいのテーマパークの観覧車の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、観覧車は止まり周りは大混乱。

 

 

 

 

ゴンドラがおもちゃのようにブランブランと揺れていた。

 

 

 

 

私たちも友達と「やばい、、俺ら死ぬのかな、、、、」

 

 

 

 

 

 

「ここで死ぬのは嫌だぁ、、、、」

 

 

 

 

 

そして、しばらく経ってからゴンドラが動き出し、

 

 

 

 

 

「あぁ~よかった」

 

 

 

 

 

そして、ゴンドラを降りると外は大混乱。

 

 

 

 

 

 

人が外にたくさん溢れていて、大騒ぎ。

 

 

 

 

 

 

普段、みなとみらいは閑静な街であるはずなのに、まるで違う街のようでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちも人混みの中、とりあえず駅に向かいました。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、もちろん電車は全て停まっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友達と話していて、電車が停まっていて今日は帰れないから、ホテルにどこか泊まろう、ということになった。

 

 

 

 

 

しかし、ホテルもどこ行っても全て満室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

考えていることはみんな同じだった。

 

 

 

 

 

「どうしよう、、帰れない、、、。」

 

 

 

 

 

 

 

私とその友達が当時住んでいたところは、横浜と言っても青葉区の方なので、みなとみらいからはだいぶ距離がありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友達の母親はなんと免許を持っていなく、父親は単身赴任で地方に行ってて車で迎えに来てもらうこともできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「仕方ない、歩いて帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 

そう言って、途中休憩もしながら、何時間もかけて歩いて帰りました。

 

 

 

 

 

 

 

歩きながら、ケータイのテレビを見たら、津波によって今の被災地の街や車が押し流れている様子だった。

 

 

 

 

 

 

街中の人が泣け叫んでいる。

 

 

 

 

 

 

「私たちの家が、、、街が、、、、、、、」

 

 

 

 

 

それを見て、私と友達は

 

 

 

 

 

 

これはひどい、、、、、」

 

 

 

 

 

 

「なぁ、これってどこかのドラマのCGじゃないよな?」

 

 

 

 

 

 

 

これが現実と思うと涙が出るくらい悲惨な動画でした。

 

 

 

 

 

 

そして、何時間もかけてようやく家に帰ることができました。

 

 

 

 

 

 

家に帰り、テレビをつけるとすべてのチャンネルが被災地にまつわるものばかり。

 

 

 

 

 

 

突然の津波や災害により、家族や親友や大切な人が亡くなり、混乱し泣き出す被災地の人たち。

 

 

 

 

 

 

もし、自分がここに住んでいたらどうなっていたんだろう。

 

 

 

 

 

 

そう思うと震えが止まらなくなった。

 

 

 

 

 

 

SNSで被災地をキーワードに検索をかけると、たくさんのSOSの投稿、津波やそれぞれの地域の避難場所についての最新情報が飛び交っていた。

 

 

 

 

 

 

 

私にも何かできないだろうか、けど自分はまだ高一で当然、横浜にいるので何もできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

ただ、自分は被災地の悲惨な様子を指をくわえて見てるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、約一ヶ月後。4月。私は高校2年生になった。

 

 

 

 

 

 

団体でミーティングが行われた。

 

 

 

 

 

 

 

ミーティングで話しあった結果、夏に被災地である気仙沼に実際に行きインタビューして、フリーペーパーのような記事を作ろうということになった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、高2の夏に私はメンバーの有志15人くらいと団体の顧問だったたくやのお母さんと被災地に行った。

 

 

 

 

 

 

 

震災が起きてから半年が経つが相変わらずひどい状況だった。

 

 

 

 

 

 

街に来ても、誰も人が1人もいなくゴーストタウンだった。

 

 

 

 

 

 

 

お店なども看板などあって、昼間にも関わらず誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

また、がれきなどが壊れたままで修理されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

自分はこれを見て絶句して、何も物を言えなかった。

 

 

 

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先輩が「ここにいても仕方ない。とりあえず、目的地の仮設住宅がある方に向かおう。」

 

 

 

 

 

 

「は、、、はい、、、、」

 

 

 

 

 

 

そして、仮設住宅があるところに着いた。

 

 

 

 

 

 

まずは、そこの仮設住宅の一帯をまとめている人と話した。

 

 

 

 

 

 

私は許可をもらって、録音機とメモの用意をした。

 

 

 

 

 

 

「仮説住宅の生活をしてから半年経つけど、まだ慣れていません。特に小さい子供と年配の方が大変なんです。」

 

 

 

 

 

 

「今はこのように1世帯で各々仮設住宅で住んでいますが、前までは小学校の避難所で集団生活をしていたため、大変不安だったり多大なストレスを抱えている状況なんです。」

 

 

 

 

 

 

 

仮説住宅で生活をすることや、被災によって親や子供が亡くなっている、小さい子供や年配の方は不安になっている。

 

 

 

 

 

 

 

不自由がありすぎる生活の中で、精神状態が弱まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そのまま私たちは仮設住宅付近で、炊き出しの手伝いをした。

 

 

 

 

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みんな順に列に並んで、それぞれ料理を取りに来てた。

 

 

 

 

 

 

 

「僕みたいに、東京では好きな時に好きなものを食べていけるのに、被災地では限られたものしか食べることができないのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

ここでの生活には自由がきくことができないというのを私は改めて肌を感じた。

 

 

 

 

 

「僕が思ったより、驚愕な世界だ。。。。。」

 

 

 

 

 

 

 

そうして、1日目はインタビューや仮設住宅に住んでいる人のお手伝いをして終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、2日目。

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちは近くの幼稚園に行った。

 

 

 

 

 

 

 

2日目はここでボランティアをする予定で、勉強を教えたり、一緒に遊んだりしたりするものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

みんな、元気よく、「東京のお兄ちゃん、こんにちはー!」と迎えに来てくれた。

 

 

 

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最初は、私たちの活動内容を話していて、そこからは私たちが小学生になった時、必要なことや東京のことやそれ以外の地域についても話した。

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあと、みんなで食事をしたあと、たくやのお母さんが、実際に被災で親を失なってしまった園児たちのお話しを聞いたり、カウンセリングを行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

親を失ってしまった園児たちは幼稚園の中でも、それが気になっててずっと隅っこにいたり1人でいたり、思い出してしまい突然泣き出す子もいるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、この様子もフリーペーパーに抑えるためで、一眼レフで写真を撮った。

 

 

 

 

 

 

 

 

当時は、一眼レフを使いこなせていなかったので、なんとかブレながらも必死にその様子を撮影した。

 

 

 

 

 

 

 

園児の様子を見ると、最初は色々愚痴を吐き出すにつれて、

 

 

 

 

 

「ママぁぁ。。。。えーーーん!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

と、突然泣き出し始める子もいた。

 

 

 

 

 

 

しかし、だんだんたくやのお母さんと話していくにつれて、その様子は徐々に治まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

まるで、昔のカウンセリングする前の自分と同じだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以外にも普通に元気の子はいたので、その子たちとは普通に話していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言って良いか、わからないが思い切って聞いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、君たちは今楽しい?」

 

 

 

 

 

 

「楽しいって?」

 

 

 

 

 

園児の子が僕に聞いてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「うん、だって、思うように遊べない、勉強できない、そしてサッカーとか野球とか好きなスポーツはできない、それだけじゃない、最初は小学校の避難生活で集団生活で慣れないだろうし、大変じゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

その質問をしたら、その子はすごく難しい顔をしてしまった。

 

 

 

 

 

 

私は完全にしまったと思い、すぐに謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁーー、なんかごめんね。変な質問して。今のこと忘れてもらっても良い?」

 

 

 

 

 

 

 

「ううん!今の生活楽しいよ!」

 

 

 

 

 

「え、、、?」

 

 

 

 

 

 

「だって、他の僕のお友達は死んだ子もいれば、生きてても遊べない子もいるのに、こうやって僕はちゃんと友達と遊べてて楽しいし、ご飯も食べれるし、先生が毎日勉強を教えてくれるし、確かに当たり前なことだけど、それが最近幸せなんだな、と思うと僕はすごく楽しいと思ったよ。」

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前なことが幸せ、、楽しい、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そして、僕は大人になったら王様になって、困ってる友達やパパやママを助けて、この街を地震が起きる前に戻すんだ。」

 

 

 

 

 

 

私はその言葉にとても心を揺るがされました。

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで自分はさんざん、周りに迷惑をかけてそれでもわがままをずっと放ってきて、なんてスケールの小さい人間なんだろうと、少し情けなくなりました。

 

 

 

 

 

 

 

そこで、子どもたちの逞ましく生きている姿を見て、「自分も負けていられない。」と思いました。

 

 

 

 

 

そのあとに

 

 

 

 

 

「そうだね、君ならきっと良い王様になれるよ。僕は君を心のそこから応援しているよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に?ありがとう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

心の中で自分もこういう人たちや頑張りたい人たちの背中を押すような仕事をしたいと決めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、他のメンバーは何人かまだ滞在していたが、横浜に帰ってきて思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

帰って、自宅に帰り、家で録音したことや撮った写真をまとめたとき、自分の中の感情が私に強く訴えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕も、以前の自分みたいな引きこもってていじめを受け何をして良いかわからない、そして被災地であった孤児みたいに精神的に追いやられてて希望に目を向けられない子たちに、希望の光を当ててあげたい。」

 

 

 

 

 

 

 

「そういう人たちの背中を押してあげたい。今まで消極的だった僕がここまでこれたのも仲間や周りが支えてきてくれたおかげなんだ。」

 

 

 

 

 

 

「僕も、たくやのお母さんに行き場を失って何をして良いかわからない人を救えるようになる心理カウンセラーになりたい。」

 

 

 

 

 

 

 

「確かに、自分1人がカウンセラーになって、この世の中の困っている人を救える数なんでたかが知れている。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「けど、1人だけでも救えるようになる人が世の中に増えたなら、僕はそれで本望だ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし、あの時私はカウンセラーであるたくやのお母さんと会ってなければ、たくさんの仲間に会えずとっくに自殺してこの世の中を去っていたかもしれない。」

 

 

 

 

 

 

 

「だから、今度は自分がたくやのお母さんみたいになって、みんなを助ける番だ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

その日から、私の夢は心理カウンセラーという新たな目標ができました。

 

 

 

 

 

 

 

「そのためには、心理学を専攻できる大学に入らなきゃだから受験勉強を頑張らなきゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明確な目標ができ次第、私はそこからがむしゃらに勉強を頑張っていきました。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、ここで心理カウンセラーの大きな現実とギャップに向き合います。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、これこそが今の私の活動の源でもあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回、今私がやっているビジネスがなんでやっているかのをお話しできればと思います。